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◇◆ コラム ◆◇

003: あなたのホントの望みに気づく

このテーマは、ホントにシンプルなんだけど、
これまでほとんど誰も、知らないことさえ、知らなかったために、
知ることもなかった「ものすごく重要な知恵」です。


これが腑に落ちた時、これまで巻き込まれていたような、
人生に起こっていたわずらわしいことに、

「わざわざ巻き込まれる必要がないんだ」って理解が起き、
すごく自由を感じられるのではないかと感じます。

どうぞ楽しんでくださいね。

ある時、この「重要な知恵」の核心的な理解のきっかけとなる、
出来事がありました。


友人たちと集まっての、飲み会の席でのことです。


友人たちは悟りや目覚めということにも関心があって、
そんな本もよく読んでいたりもします。


で、「マスターはどうやらそういう体験をしたらしい」
ということも彼らの中ではうわさになっているってのも、
耳にしていたんですね。

そんな悟りや、目覚めに関心がある彼らなのですが、
なぜか彼ら、「マスター、どうやってその体験が起こったの?」

「どうしたら、その体験が起こるの?」

「その体験をしたいんだけど、どうしたらいいの?」

とは聞いてこないんです。

なんで????って、はじめとても不思議に感じていました。

だって、悟りや目覚めに関心があって、たくさん本を読んだり、
インドの聖者にもあってきたって人もいたのに、

実際目の前に体験したらしい人がいても、
「体験したいんだ、おしえて」とは聞いてこないんです。


で、実はこの「なんで聞いてこないんだろう?」って体験は、
今回だけでなく、以前にも、他で何度も経験していました。

で、この瞬間、「あ!そういうことだったんだ!」って、
ある重要な知恵が、気づきとして起こってきたんですね。

それは、わたし自身に、目覚めの体験が起こった時、
なにがきっかけで体験が起こったんだろう?って
振り返った瞬間、それが理解されたんですね。

わたしは、2010年の6月末のある日、
自分の望みが「悟る」ってことだったんだって、
気がつく体験が起こりました。


それは、あるワーク中に不意になづなちゃんが、
「マスターのホントの望みってなに?」って、
聞いてきたことがきっかけでした。


そしたらその時、ふいに口に出た言葉は、
「悟り」って言葉だったんです。


ホントにふいに出ちゃった言葉だったのですが、
この言葉が出たと同時に、

「そうか、オレのホントの望みって、悟りだったんだぁ」って、

自らの望みがなんなのか、気づいて、知ったって瞬間でした。


で、「悟らせて」、「悟りへと導いて」って、
願いのオーダーでオーダーして、導かれ、
(※【導かれる】はホントに重要な知恵)

気がついたときには、そこに導かれていたんですね。


飲み会の体験と、わたしの目覚めのきっかけ。


この2つ体験から、あるとてもシンプルで、
重要な気づきが起こってきました。


それは、なにがわたしの目覚めの経験のきっかけになったかというと、
わたしに【目覚めたいという願い】が起こってきたということ。


そして、「目覚めへと導いて」って、
願いに気づいたことで、オーダーができたたいうこと。


結果、目覚めの体験へと導かれ、体験が起こった。

では、なぜ友人たちは、「おしえて」って聞いてこないのか?

それは、彼らの中に「目覚めたい」という思い、願いが
起こってきていなかった。

「目覚めたい」という願いが起こってないゆえに、
「おしえて」って発想も起こってこない。

ゆえに目覚めの経験も起こらない。


ってことが、気づきとして起こってきたんですね。

つまり、その人の中で、「願い」が起こらないと、
「願いが叶えられる」という体験も起こってこない。


ゆえに体験も起こらない。


そういうからくりなんだってことが、
ものすごく腑に落ちたんですね。


「質問が生まれた時、答えは既にある」って言葉を
あなたも耳にされたことがあるかと思います。

「質問が生まれた時、答えは既に存在している」
ってことは、


「答えが生まれた時、同時に既に質問も存在している」
ってことと同義ですよね?


ということは、「願い」が生まれた時、「叶えられた」も、
既に同時に存在している、


「叶えられた」が生まれた時、「願い」が同時に生まれている
ってことに気づかされたんですね。

で、以前にも「共鳴してみる?」って、
向こうから頼まれてない状態で共鳴してみても、

なぜか思考がとまらない、無我が起こらないなぁってのを、
何度も経験していました。


なんでワークをしても、それらが起こらなかったかというと、
彼らの中で、「経験したい」、「だからワークして」って、
【自発的な思い、願いが起こっていなかった】からだったんですね。

つまり、【願いが起こった時、叶うが既にあり】、

【叶うが生まれた時、同時に願いが存在している】
ってことに気づいたんですね。


つまり、【願いが生まれていない時は、叶うも存在しない】
ってことに、気づかされたわけです。

あなたも経験されたことがあると思うのですが、

「この人、わかってないから、わからせてあげなくちゃ」
って人に、どんなに説明しても、全然わかってもらえない
って覚えがありますよね?


一般的な、これまでの心理学的な見方からすると、
その人は「わかりたくない」、「抵抗しているんだ」って
話になってきたかと思いますが、


実はそんな複雑なものでもなんでもなかった(笑)!

本人の中で「習慣を変えたい」って、「願いが生まれていない」ので、
「習慣が変わる」って結果も生まれてこない。


実はこんなシンプルなことだったんだ!って
気づきが起こってきたんですね。


これがわかちゃったら、わざわざわかってくれなさそうな
面倒くさい人と、わざわざ無理してまで関わる必要なんて
ないんだ(笑)って気づきが起こってきますよね♪


このシンプルなことがわかってきたら、
大昔から言われてきた知恵が、
すごくシンプルにわかってきました。

「求めよ、さらば与えられん」、

「門を叩け、さらば開かれん」、


これらは、「求める」が起こるとき、
すでに「与えられん」が同時に生まれている、


「門を叩く」が生まれる時、
すでに「開かれん」が同時に生まれている
ってことなんじゃん!って、

すっごくシンプルな知恵だったことがわかったんですね。


アラビアンナイトでも、「ひらけごま」って、
言葉を言わないと、扉が開かないって描写が出てきますが、

あれも実は【正確な望み】を【願った】とき、【扉が開かれる】
ってことをあらわしていたんですね。


ここで重要になってくるのは、
では、【あなたのホントの望み】=【正確な望み】は
ホントは一体何でしょう?
ということです。


一時的な高揚感や達成感、安心でしょうか?


それとも、それらが得られたら感じられると思ってきた、
「幸せ」感でしょうか?


気づかされるのは、「幸せ」感というもの自体も、
起こってきた以上、終わっていく、
(はじまりのあるものには、終わりがある)
一時的で色あせる「現象」だということでした。

では、わたしたちが本当に欲しいもの、本当の望みは?


それは色あせることなく、ずっと永遠に、
満たされているってことなのかもしれません。


今までだったら、そんなものはこの世にないよって、
ワケ知り顔な人は否定してきたでしょうが(笑)、
そんな人の声に、もはや今は耳を貸す必要はありませんよね(笑)。


あなたのホントの望みは何なのか?


それはもしかしたら、けっして色あせることのない、
永遠に満たされた平和かもしれません。

が、それがあなたのホントの望みなのかどうかは、
あなた自身の中で、自発的な思いとして、
「あ、わたし、それが叶って欲しいんだ」って、

ホントの望みに気づく必要があります。


なぜなら、あなたの中で、【自発的な望み】が生まれた時、
それが【叶う】機会も同時に生まれているからです。

あなた自身の中で、あなた自身の望みとして、
「これがわたしのホントの望み」って気づきが、
起こってきた時、それが「叶う」という機会も訪れます。

あとは、間違った道へとそれないよう、
経験の知恵により導いてくれる、本物の師(友人)に
出会うかどうかだと、わたしは感じています。
(これ、ホントっに大事だと感じています)

最後に、歌を通してすばらしい知恵を分かちあってくれている、
ユーミンのある曲のお話をして、今回の話題を終わりたいと思います。


実は実際お会いしてみて、ユーミンって実は、
すごいんだぁって気づかされたんですが、
(向こうは覚えてないと思いますが(笑))


ユーミンの曲に、「ダンデライオン」という曲があります。


その歌詞の中に、「傷ついた日々は彼に出会うための、
人生が用意してくれた大切なレッスン」って一節があります。


わたしはこの詩、
「傷ついた日々は」=「なにをやっても本当には満たされなかった日々は」

「彼」=「本当の自己、源」に出会いたい、
再会したいって気づくための大切なプロセス


って伝えてくれてるんだろうなぁって気づいて驚きました。

あなたのホントの望みって、
ホントのホントの望みってなんでしょう?


その望みに気づく時、すでにそれが叶う機会も、
同時に生まれているようですよ。

 

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