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◇◆ コラム ◆◇

005: はじまりのあるものには、終わりがある?


「はじまりのあるものには、終わりがある」という言葉、
あなたもどこかで耳にされたことがあるかと思います。


映画「マトリックス」シリーズの中でも、
預言者オラクルが、主人公ネオに何度か発していて、印象的な台詞です。

「はじまりのあるものには、終わりがある」って言葉、
なんのことかわかんない時に耳にすると、

なにか意味深な、神秘的な印象だけど、
でも、わかんない(笑)って感じですよね。


わたしも以前は、なんのこっちゃ?って感じでした。


が、目覚めの体験が起こりはじめて、
体験の中で、「ああ、こういうことなのか」って腑に落ちた時、


【実はとってもあたりまえのことなんだけど、
このあたりまえのことが分からなくて、
以前はとても苦しんでいた】んだなぁってことが、理解できたんですね。


以前、この言葉を耳にすると、
「意味深な感じ」、「神秘的な感じ」、

というのと同時に、なにか「はかない」、寂しさや、
むなしさのような印象も感じていました。


そんな感覚を感じられていた方も、
少なくないんじゃないでしょうか?


が、目覚めの体験が起こりはじめて、
ひじょうに面白いことが理解できるようになってきました。


よく神秘的な体験なんかを耳にすると、
「至福体験」とか「究極のエクスタシー」とか、
「すべてが光に包まれて」みたいな話題が多いですよね。

わたし自身も以前は、

【そんな体験が、わたしを幸せにしてくれる】と

思い込んでいたので、そんな体験を追い求めていました。

が、メンター(師)の一人であった禅の老師に、
「こんな神秘体験をしたぁ」って話したら、

「油断してるから、そんなものがみえるんだ(笑)」って、
笑い飛ばされちゃったんですね。


で、当時のわたし、「えー!?」ってビックリ。


実は後からどんどんわかるようになったのですが、
多くの人が、それらの「神秘的な体験」、「特殊な体験」に
とらわれて、本質的に求めていたこと、
つまり、本当に大事なものを見逃してしまうようなんですね。

わたしの大好きな覚者プンジャジの言によると、
「世界中の聖者と呼ばれる人たちの多くも、
至福体験にとらわれて、そこから抜け出せずにいる」
と話していたそうです。


至福体験も、恍惚体験も、光の体験も、
実際、目覚め体験が起こりはじめて、みえてきたのは、


楽しいことがあって嬉しくなることや、
悲しいことがあって悲しくなることや、
嫌なことがあって腹が立つことや、

笑い話で笑っちゃうことや、
ジェットコースターで興奮すること、
レースやスポーツ番組を見てエキサイトすること、

などと、実は本質はなんら変わらなかったんですね。


なぜか?というと、


笑い出しても、笑い続けることがないように、

興奮しても、やがてさめるように、

泣いていても、やがて泣きやむように、


起こってきたことはすべて、
やがて終わっていくからなんですね。


それは神秘体験も同じだったんですね。


それらはみな、起こっては消えていく、【現象】の体験だったんですね。


さて、ここからが重要なポイントです。

ここまでで終わってしまったら、どんな素晴らしい体験も、
やがて終わってしまうんだからってことになって、
虚しいねって、ことになりそうですよね?


ですが、「はじまりのあるものには、終わりがある」
という言葉は、もっと深い「気づきの機会」だったんです。


映画をみようと思ったら、映画のスクリーンがないと、
映し出すことができませんよね?


また、舞台作品をみようと思ったら、舞台がないと、
役者が演じる「場」がありませんよね?

同様に、どんな【現象】、神秘体験も、感情の体験も、
アイデアも、考えも、閃きも、行動さえも、
起こってくるものすべてには、

それらが起こってくる【場】があったんですね。


そのすべてが生まれてくる場、


役者があらわれて、役を演じて、そして退場していく場、


その場そのもの(そしてそれらすべてを含むもの)が、
本当の自己だったんです。


で、シンプルだけど、ひじょうに深い気づきを与えてくれる、
ある知恵があります。

それは、あらためてみてみると、シンプルなだけでなく、
あたりまえのことだったんですが、


「永遠」ってものがあるからはじめて、
「はじまり」と「終わり」が「ある」ってことに
気づけるんですね。


つまり、実はわたしたちの本資、
本当のわたしたちは、永遠不滅の存在って、
こういうことだったんですね。


起こってくる現象、

それが嬉しいとか、悲しいとか、
高揚感とか、エイキサイティングとかなどの、
感情の体験であろうと、


恍惚感とか、神秘的な体験であろうと、


行動したことで、なにかの結果が出ることであろうと、

この身体が生まれて出てきて、やがて滅んでいくことであろうと、


起こってくる【現象】には、はじまりがあるがゆえに、
終わりもあるんですね。

で、わたしたちはこれまでは、
「ああ、せっかくよかったのに、終わっちゃったぁ」って、

【現象に一喜一憂】してきたんですね。
(今から振り返ると、神秘体験を老師に笑い飛ばされて、
ホントよかったです(笑))


が実は、それら起こってくる現象の背後にある、
永遠に変わらない絶対的に平和な「なにか」、

それらすべての現象を生み出してくる、
創造の源そのもの、それがわたしたちの本性だったんですね。

目覚めの体験が起こりはじめる前は、

自分が特殊な体験、
なんらかの【現象が、自分を幸せにしてくれる、導いてくれる】
と信じていたことに、気づかないことさえ、気づかずにいました。


が、それは自分ではない、【外の何かが幸せにしてくれる】
という思いと、なんら変わらなかったんですね。

以前は、悟りの体験(という現象)が幸せにしてくれると、
思い込んでいたわけですから(笑)。
(なにかが無いと自分は不完全と思い込んでいた)


が、(自分の)本性自体が、すべての創造の源だったんだ、
そして「本当のわたしって本当は死ぬことってなかったんだ」って
気づきが起こりはじめてから、すべてが変わりはじめました。


以前、がんばってもがんばっても、
一喜一憂の繰り返しから抜け出られなかった人生が、

あらゆる豊かさが、現象としても
起こる人生に、パラダイムシフトしはじめました。

かつて大富豪と呼ばれる人たちが話してくれた、
豊かさの知恵って、当時はちんぷんかんぷんでしたが(笑)、

彼らはこの気づきの世界で生きていただけだったんですね。

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