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◇◆ コラム ◆◇

011: 原因と結果の法則から自由になる


世の中にはたくさんの「○○の法則」というように、
「法則」と名のつく、書籍、情報がいっぱいありますよね。


で、この法則を理解し、うまく使いこなせば、
人生がうまくいくようになると言われてきました。


が、目覚め、悟りの経験が起こりはじめて、
はっきりとわかるようになったことがひとつあります。


それは実は
【「法則」が本来のわたしたちへの目覚め、悟りの弊害なっていた】
ってものだったんです。


「え?どういうこと!?」
「うまく使いこなせば、人生がよくなるって言われていた、
知恵自体が、実はわたしたちがホントの自分への目覚めを、
邪魔していたってこと!?」って、驚いちゃいますよね?

が、目覚めの経験が実際に起こりはじめてみて、
実はホントにそうだったんだってことに気づくことになったんですね。

今回のテーマは、法則がどのように、わたしたちが目覚め、
素晴らしい人生を実現することの邪魔になっていたのか?


そして、法則から自由になった人生って、
どのくらい人生がまったく変わっちゃうのか、
ということについて、お伝えさせていただきますね。

おそらく、この、法則の呪縛から自由になるってテーマを
このような形でお伝えするのは、
これまでは日本ではなかったんじゃないかなと思います。


どうぞ楽しんでくださいね。


映画「マトリックス」シリーズは、
「目覚め」、「悟り」のプロセスそのものを描いた作品ということを
これまでも何度かお伝えさせていただいてきましたが、

第2作目の「マトリックス・リローデッド」の中で、
実は目覚めに関して、非常に重要な会話が出てきます。

預言者の導きにより、主人公ネオたちは、
メロビンジアンというフランス人の男性に会いに行きます。

で、このメロビンジアンは、ネオたちにこう言います。

「すべてを支配する絶対の法則、それが因果律、【原因と結果の法則】だ」、

「この法則は絶対の法則であり、わたしたちはその奴隷なのだ」、

「わたしたちは、この法則からは絶対に逃れられない」と。

(この「奴隷なのだ」って言葉が閃きのきっかけになりました)

さて、原因と結果の法則って、誰もがどこかで耳にしたことが、
必ずあるものですよね。

原因と結果の法則って、どんなものかというと、
すべての出来事には、原因があるというもの。

たとえば、赤い花を咲かせようと思えば、
赤い花の種子を植える。

つまり、「赤い花が咲く」という【結果】は、
「赤い花の種子を植えた」という【原因】があったため
というものですよね。

酔っ払って家に帰って、玄関で奥さんが怖い顔をして、
腕を組んで仁王立ちしていたとしたら(笑)、


「奥さんが玄関で怖い顔をして腕組んで仁王立ち」
という【結果】は、

「早く帰るよ」って言ったことをすっかり忘れて、
酔っ払って遅くに帰ったって【原因】からきていた(笑)。

という具合です(笑)。

【すべての出来事には、それが引き起こされた原因がある】
これが、原因と結果の法則ですよね。

が、実はわたしたちは、気づかないことさえ気づかないうちに、
この原因と結果の法則を使いこなしているつもりで、

いつの間にか原因と結果の法則に「使われて」しまってきたんですね。

どういうことかというと、原因と結果の法則って、
【なにがしかの結果を得る】ためには、【なにがしかの原因が必要】
ってことに、いつの間にかなってしまっていたんですね。

つまり、どういうことかというと、
なにかの【結果を得るため】には、なにかを【しなければならない】
という世界観の中で、生きるようになってしまっていたんです。

さて、この原因と結果の法則が、
どのように目覚めの邪魔になってしまったいたのか?ってことですが、

わたしもそうだったのですが、目覚めたい、悟りを得たいと、
思ったほとんどの人は、目覚め、悟りを得るために、
伝統的に伝えられてきた、瞑想や坐禅、
ヨーガなどのなんらかの修行をはじめます。

※勿論、禅、瞑想などはホントにすばらしいものなのですが、
 それが何かを【得るため】の、【やること】になってしまうと、
 禅、瞑想自体が、永遠にそれが実現しない、
 罠になってしまうんですね。

わたしも、禅、瞑想はいっぱいいっぱいやったクチです。


が、ここでほとんどの修行者は、あるパラドックスに
陥ってしまっていることに、気づかないことさえ、気づかないんです。

それは何かというと、
禅、瞑想を「やり続けた果てに、目覚め、悟りの体験がある」
という思い込みです。

禅の老師は、「悟るために坐禅をするんじゃない、
ただ、座るんだ」と言ってはくれますが、

が、わたしたちはあまりにも、原因と結果の法則に、
どっぷりと漬かっていることを、知らないことさえ知らないので、

目覚め、悟りの体験は、「禅を組む」、「瞑想する」という、
【やること】の果てに得られるものって、
信じ込んでいることに、気づかないことさえ、気づかないんですね。

※悟りたくて、もう何十年も瞑想や、禅を続けている、
 本当にたくさんの人たちを、みてきました。

つまり、悟り、目覚めるという【結果】を得るためには、
坐禅、瞑想などの修行を「やる」という【原因】が必要だと、
あまりにも信じ込んでいるため、


どんなに「悟るために座るんじゃない、ただ座れ」って
言われたとしても、スーッとスルーしちゃっていたのです。

が、実はこれ、目覚め、悟るというようなことに限らず、
あらゆる願いの実現、すべてに当てはまることなんです。
(↑※これ、超超超重要です)


さて、目覚めの体験が起こりはじめて、
わかったことは、目覚めは【やること】によって
得られるものなどではなかった。


つまり、【やること】の中には、目覚めも悟りもなかった。

ってことです。

目覚めとは、もともと最初からあったけど、
一度も気づかなかった、本来の自己(神様とか、
真我とか、空(くう)と、源とばれてきたもの)が、

実はちゃんとここにあったんだって気づく体験なんですね。

そして、「なんだ!ずっと探してきた(わたしの神様)は、
すっと一緒にいてくれたっていうか、わたしの本性そのものが、
それだったんじゃん!」

って、【アタマで理解するのではなく、
体験から腑に落ちる経験】なんですね。
(↑※最重要ポイント)


この、自分の本性、自分の神様との再会は、
人生の質を根底から覆しはじめます。


なにせ、世界から切り離された孤独な個人ではなく、
すべての創造の源が、「わたし」、「あなた」の人生を
生きはじめるわけですから。


毎日が新しく、毎日が新鮮で、そして世界の豊かさを、
思い切り楽しむだけでなく、この世界の中で、

豊かさを自ら創造することを、思い切り楽しむ世界に、
パラダイムシフトが起こるんですね。

が、この素晴らしい経験は、歴史上ずっと、
語り継がれてきたにもかかわらず、ほとんどの人は、
それを経験することはなく、

人類の、ホントに限られた人たちだけが経験するものと
言われてきました。


なぜ、これまではそうだったのか?


今、振り返ってみたら、そのあまりにシンプルな理由に気づきます。

それは、これまでのわたしたちが、あまりに原因と結果の法則、
つまり、【なにかの結果を得る】ためには、
【何かをしなければならない】というものに、
とらわれてきたからだったんですね。


先もお伝えしましたが、
目覚めは【やること】の中にはありませんでした。


逆に一切の(思考)活動をやめた時、はじめからあったものが、
浮かび上がってくるってものだったんです。
(※やめることを「する」のではなく、「やめる」)

※通常、わたしたちは、あまりに、
 なにかを【やること】が当たり前になってきたために、
 思考活動という【やること】を【やめる】ということが
 ほとんど不可能というくらいできません。
 それほどに自我(エゴ)の活動は強固なんですね。

 ワークショップ、セッションでは、無我の共鳴により、
 ノーマインドを実際に経験する中で、
 本来あった自己に気づくってワークを提供しているんですね。

目覚め、悟りも、探すという【活動】をはじめたとたん、
永遠にみつからなくなるってパラドックスに陥っていたんですが、

そんなことは、ほとんど誰も、知らないことさえ、
知らなかったんですね。


また、わたしたちは、原因と結果の法則に、
あまりにとらわれてきたので、


物事が期待通りにいかないとき、期待したことが起こらないとき、
「この結果を生み出した原因があるはず」と、

その原因を解消、解決するってことを
どんどんやるようになって来ました。


原因を突きとめるであるとか、その原因を解決、解消、
潜在意識下のブロックの解消などのように。


が、これ、気づかないうちに、何かあるたびに、
原因を探すってループに迷い込み、

いつの間にか、創造が目的だったはずが、
【原因探しが目的に、すりかわって】しまって、

ずっと原因探しをやり続けることになってしまっていました。
(わたしも、思い切りこれにはまりました)

が、これも原因と結果の法則に囚われていたことによって、
起こっていたことだったんですね。


※ちなみに、原因を探し、みつけるとで、 
 実は「原因を創造していた」という、
 目が点になってしまうような状態に陥っていたのですが(汗)、
 これは長くなるので、別の機会に。


あらゆる願いの実現も、
実は原因と結果の法則の呪縛の外にあるんですね。


真の自己に目覚めると、なにが起こるかというと、
原因と結果の法則を含め、あらゆる法則もまた、

他のすべてと同様、惑わされる必要のない、幻想だってことが、
どんどんわかるようになってきます。


そして、原因と結果の法則の奴隷から解放されます。


2011年の1年間、マスターとなづなちゃんで、
願望実現の願いをオーダーし、それが実現されるのを、
経験していました。


つまり、わたしたちの人生で、
それを実験(笑)してきたんですね。


そして、今振り返ってみると、原因と結果の法則は、
直接には、わたしたちにはまったく関係がなかった
ってことにあらためて気がつきます。


そして、【気づかないうちに、原因と結果の法則は、
自然とわたしたちを、目に見えないカタチで、サポート】
してくれていたことに気がつきます。
(↑このことがわかるようになりました)


法則の呪縛という幻想から自由になり、
気がついたら、自然と法則がサポートに回っている。


これは、思考、マインド、アタマで、概念的に理解することではなく、
体験の中で「ああ、これかぁ」って
【腑に落ちる経験によって、理解】されます。


その経験談は、また別の機会にお伝えしますね


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