マスター濱田浩朱公式サイト リモーナ Re-mauna 

マスターのプロフィール
なづなのプロフィール
リモーナとは?
シークレット・メルマガ
(無料音声プレゼント)
ブログ
ベーシック・音声セミナー
コラム
ワークショップ
個人セッション
特別個人セッション
お問い合わせ
 

◇◆ コラム ◆◇

014: デカルトが見落としちゃってたこと
近年、エックハルト・トールさんをはじめ、
悟り、目覚めを体験した人たちは、

大哲学者として知られるデカルトのあまりにも有名な、

あの「我、思う、ゆえに我あり」

が、実は根本的な間違いのはじまりだったと、
伝えるようになってきました。


中には、あの間違いが、
その後の人類の苦しみの始まりになった
って言われる人もいるそうですが、


でも、恐れ多くも、あの大哲学者が提唱したこと。


いったい、その大哲学者の、偉大な発見といわれた、
「我、思う、ゆえに我あり」は、
いったいどこが間違っているっていうのでしょう?

実はこれ、気づいてみると、ものすごーく、
シンプルで、本質的なことに気づく機会なんですね。


今回は、デカルトが見落としていた、
本質的なことだけど、でもとてもシンプルな
気づきについて、お伝えさせていただきますね。

今回のテーマは、あなたにとっても、

「ああ!なるほど、そういうことか!」、
「たしかにその通りだ!」って、

本質に気づきはじめる、機会になるかと思います。

どうぞ楽しんでくださいね。

大哲学者デカルトの、あまりにも有名な発見、
「我、思う、ゆえに我あり」

が、多くの悟り、目覚めを体験しはじめた人たちは、
その発見が間違っていたことを、指摘しはじめました。


いったいなにが、どう間違いだったのでしょう?


まず、「我、思う、ゆえに我あり」って、
いったいどういうものだったのでしょうか?


デカルトは、世の中に存在するあらゆるものを検証し、
【確実で確かに存在していて、
存在がけっして否定できないものはなにか?】ってことを、
検証していったといわれます。


つまり、すべてのものを(本当に実在するのか?と)疑い、
消去していきながら、どうしても否定することのできない、

【確実に存在する唯一絶対のもの】を捜し求めたそうなんですね。


で、彼が至った究極の結論は、

すべてものを疑い、否定したとしても、
わたしが【考えている】ということは、否定のしようがない。


つまり、すべてが否定され、存在しなかったとしても、
【「考えているわたし」、「思考する存在」】は、
否定できず、確実に存在している。


そうだ、【「考え」る存在、それが「わたし」】だ!


そしてこの、わたしが今考えているということは、
否定のしようなく、間違いなく存在している。


【考えるわたしがいる、ゆえにわたしがいる】という
結論に至ったらしいんですね。


さて、大哲学者のこの偉大な発見、

が、悟り、目覚めはじめた人たちは、
彼のこの発見は間違っていると指摘します。


いったい、どこがどう間違っていたのでしょう?


実はこれ、本質的かつ、ものすごくシンプルなことなんで、
逆にシンプルすぎて、ビックリしちゃうくらい、
シンプルな【見落とし】だったんですね。


デカルトはいったい、なにを見落としちゃっていたかというと、

「考えている」者がいるということに彼は気づいたわけですよね。


で、彼はなにを見落としてしまっていたかというと、

「考えている」こと(思考が起こっていること)に
気がついた【意識】があったってことに気づかなかったんですね。


大事なポイントですので、もう一度書きますね。


「考えている」ってことに気がついた。

ということは、【考えていることに気がついた、
考えているものとは別の意識が気がついた】ってことですよね?


わたしたちも普段、考えごとの最中に、
ハッと考え事の中にいたことに気がつくことがありますよね。


あの一瞬ハッと気がついている意識って、
考えてたことを発見した、考えとは別の意識ですよね。


つまり、「考え」の背後に、それに気づく別の純粋な意識がある。


そのことに、デカルトは気づかなかったんですね。
(正確には、その気づきが起こってこなかった)

つまり、背後の純粋意識を「思考」と混同しちゃったわけです。

気づいてみたら、「あらあらあら、本当だ」って話ですよね(笑)。


悟り、目覚めが起こりはじめると、
【思考が自分ではない】こと、
【自分が思考しているわけではない】こと、

そして【自分という特定の個は本当は存在しない】こと、
【自分が存在しないゆえ、他人も存在しない】ことを、

目覚めはじめた(それまでは眠っていた)背後の純粋な意識が、
マインドの成熟とともに、純粋に気づきはじめます。


やがて自我(エゴ)など、
存在などしないことに、気づいていきます。
(気づきが生まれ起こってくる)


そして、世界はこれまで思っていたようなものとは、
まったく違ったんだって、世界の本当の姿に気づきはじめます。


そして、あるものがあるままにみえるようにっていき、
【あらゆる制限から、自由になり】、

あらゆる豊かさが創造されるのを、
制限にとらわれることなく、経験するよう変容していきます。


よかったら、あなたが、これまであなだだと思ってきた、
思考に気づいている、背後の純粋な意識に、

【ただ静かに気づいてみて】ください。


目覚めへの扉が開かれていることに、
気づかれるかもしれませんよ。

<コラムTOPへ戻る