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◇◆ コラム ◆◇

031: パンドラの箱のハナシ

昨日、「あ!」という閃きと共に、

「おお!これは人類にとっての、とてつもない勘違いだった!」
って、気がついたことがあります。


で、それは、「こんなことを鵜呑みにしていたら、
そりゃあ大変だったわけだ!」って気づきへとつながっていきました。


今回はその気づきについて、シェアさせていただきますね。

ただし、いつもお伝えさせていただいていることですが、
これは、わたしに訪れてきた気づきです。

マスターが言っているからって、まる鵜呑みにはしないでくださいね(笑)。


ただ、これまでの思い込みを、一度解体してみる、
すると、今までは見えなかった、まったく違う可能性がみえてくるって、
気づきの機会にしていただければと思います。


その視点で見てみると、今回のお話は、
なかなか面白いんじゃないかなと思います。


では、どうぞお楽しみください〜。
     ↓


あなたは、「パンドラの箱」のお話をご存知ですか?


パンドラの箱という言葉を聞くと、多くの人は、「開けてはいけないもの」、
「みてはいけないもの」を連想することが多いかと思います。


パンドラとは、もともとは、
ギリシャ神話に登場する、神々によって創られ、
人類の災いとして地上に送り込まれた、人類最初の女性の名前です。


詳しい神話の内容については、書籍や、他サイトなどに譲るとして、
簡単に顛末をお話しすると、


パンドラは、「決して開けてはいけない」といわれる箱を、
【好奇心】から、開けてしまいます。


するとその途端、箱からは、ねたみ、悪だくみ、憎しみ、病気、盗みなどの、
あらゆる悪が飛び出して、人間の世界にひろがっていってしまいました。


慌てて箱のふたを閉じたのですが、
そこで最後に残っていたのが、「希望」だったというお話。


かなり簡潔に書きましたが、基本的にはこういうお話です。


さて、昨夜、なにに気がついてビックリしたのかですが、


このお話の、一般的に広まって理解されている解釈は、
「どんなに悪いこと、つらいことがあっても、必ず希望はある」。


「だから、希望を失わず、しっかり生きていきましょう」
ってものだと思われます。


美談に聞こえる話ですよね。


が、これ、もっと本質的な視点から気がついてみると、
まったく真逆のことが表されている可能性が見えてきます。


「悟り」という視点、つまり、「今ここ」の視点から見てみましょう。


希望とは、一般的にはとても美しい概念としてとらえられています。


が、「今ここ」という視点から見てみると、
「希望」とは、今現在のことではない、「未来」のことですよね。


さて、「希望」を持つということは、
今はどういう状態と「とらえられているとき」でしょう?


とっても重要なポイントなので、もう一度書きますね。


「希望」を持つ時っていうのは、
今現在は、どういう状態と「とらえられているとき」でしょうか?


そう、「今はまだダメ」、「まだ不十分」、「なにかが不足している」
って、とらえられているときですよね。


今はよくないから、未来はよくなって欲しいと希望を持つ。


って状態といえますよね。


そして、まさに一般的な解釈としては、
「今がよくないから、未来に希望を持つ」、

「未来に希望があるから、生きていける」ってものですよね。


さて、ここでもう一度、「今ここ」の視点から見てみます。


人は未来に、夢や希望を思い描きますが、
その思い描くイメージは、いったいどこから来ているのでしょう?


そう、わたしたちのほとんどは、
今までは、そんなこと振り返ってみることもなかったし、
そんなこと思いつくことも、ほとんどありませんでしたが、


未来のイメージを思い描くときって、
そのイメージは、「どこからかやってきた」ってことですよね。


そう、どこからやってきたかというと、
わたしたちがこれまで体験してきた「記憶」です。


聞いたことがあるかと思いますが、
「未来とは、過去の記憶の投影」です。


つまり、未来を夢見るとき、
わたしたちはこれまで気づかないことさえ気づきませんでしたが、

【過去の投影を、未来のイメージとして体験している】んですね。


ということは、よーくよーく気づいてみると、
どんなことが見えてくるでしょう?


わたしたちは、過去に経験した事のあることはイメージできます。


が、経験したことのないことは、イメージできませんよね。


だって、経験していないので、知らないのですから。


知らないことって、イメージしようにも、
思い浮かべることってできませんよね。


そして、経験したことがないだけでなく、
そんなことがあるってことも知らないってことに関しては、

イメージできないだけでなく、思い浮かぶこともありませんよね。


なぜなら、「知らないことさえ、知らない」わけですから。


ということは、どういうことか?


わたしたちは、未来をイメージするとき、
過去に体験した記憶を、未来に投影している。


つまり、自分の体験した、記憶していることしか、
未来には投影されないんですね。

知らないことは、未来には投影することはできないってわけです。


さて、思考って、どのように働くかというと、
過去の記憶をベースとして、未来に投影します。


そして、思考はどのように働くかというと、
「以前そうだったから、これからもそうだろう」って、働くんですね。


ですが、わたしたちのほとんどは、
このことに、これまではほとんど気づかないことさえ、
気づくことができませんでした。


実際には、ただ次々にやってくる思考を、「わたしが考えている」って錯覚し、
あまりにそう思い込んできたので、
そんなこと、今までは検討もつかなかったからです。

さて、話をパンドラの箱に戻します。


一般的には(自我の思考が主導権を握ってきた世界では)、
希望があることで、どんな苦しみも乗り越えることができると、
解釈されてきました。


が、「思考はわたしではない」、
「今ここ」という視点からみてみると、


「希望」という観念が生まれると同時に、

「今は、まだダメ」という観念が、無意識のうちに、自動的に生まれ、

「今は、まだダメ」という苦しみが生まれます。

そして、実際には過去の投影である、今ここには存在しない、
「未来」という幻想に、【執着】がはじまります。

そして、その執着が、更なる苦しみを生み出す。


こういうからくりだったんだってことが、みえてきますよね。


ということは、パンドラの箱のお話も、
自我(エゴ)の視点では、「希望があるからどんな苦しみも耐えられる」
って、美談としてとらえられていたものが、


「今ここ」、「悟り」の視点から見てみると、
「希望が執着を生み、苦しみを生み出していた」って可能性が見えてきたわけです。


勿論、これは、どちらがよくて、どちらが悪いって話ではありません。


が、なぜ、これまでいろんな成功や幸せの教えやメソッドを学んでも、
うまく機能してこなかったのか?


そのからくりは、もっと根源的なこと。


最初の時点で、ボタンを掛け違えていたのかもしれない?って、
目が覚め始めるきっかけとなる可能性として、見ていただければと思います。


いかがでしたか?


楽しんでいただけましたか?


人によっては、一時的に、ガーン!って、
なられた方もいらっしゃるかもしれませんが、

もしガーンってなったとしたなら、ここで気づいていただきたいのは、
「ガーン」ってなったのは、

【あなたではなく、思考、マインド、それら自我(エゴ)】と呼ばれるもの。


もし、ガーンとなったとしたなら、自我(エゴ)に、思わず予想外の一撃が入ったんだって、
ニヤリとしてみても、いいかもしれません。


また、「うーん、よくわかんな〜い、理解したい〜」って、思いが湧いてきたとしたなら、
それもマインドが、一撃を食らって、騒いでいるんだって、気づいてみてください。


そしてよかったら、「お!マインド、エゴが、慌てふためいているな」って、
ニヤリとしてみても、いいかもしれませんヨ。

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