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◇◆ コラム ◆◇

044: 蘇った赤ちゃんの時の記憶

今回、約10日間の山ごもり修行をしていた中で、
0才の頃の記憶が、はっきりと蘇ってきました。


これまでも、断片的ではありましたが、
物心つく前の頃の記憶、0歳の頃の記憶というのは、
残ってはいました。


で、なんで覚えているんだろう?


この時、どんなことを感じ、なにを思い、
なにを決めたのだろう?って、よく思っていたんですね。


そう、心理学や、セラピーなどを学び、実践しはじめると、
小さい頃のインパクトのあった記憶、


たとえば、両親や先生にものすごくきつく怒られたとか、
ショックな出来事があったりすると、


それがトラウマのようなものとして記憶に刻印され、
「人には本当の気持ちは言わないでおこう」とか、

「人を、安易には信用してはいけない」だとか、
その後の人生に影響を与える「プログラム」が作られるって、
学んできましたよね。


で、わたしも、そのように思っていました。


「あの時、あのトラウマ的な出来事のとき、なにかを決めたんだ?」って。


が、今回、深い瞑想の最中に、遠くで食事の用意をしている人たちの、
食器が、ガチャガチャいう音や、遠くの喧騒が聴こえて来ました。


その時、あることに気がついて、ハッとしました。


ただ、音が聴こえて来た時、そこにはなんの意味も解釈も、
まったく存在しなかったんです。


ただ、ガチャガチャ食器のなる音、
遠くの喧騒の音が、ただ聴こえただけだったんです。


なんの意味もない、なんの思いも湧いてこない、
ただ音が聴こえている、風景が観えている。


ただ、それだけの体験だったんです。


それ以外、なにもない、なにも起こっていない。


で、この瞬間、あることに気がついて、ハッとしました。


小さい子供の頃、0歳の頃、


ただ、音が聴こえる、ただ風景が観える。


体験していたのは、本当にただそれだけだったんです。


0歳の子供が、また物心つくかつかないくらいの子供が、
「自分は愛されていない」だとか、「自分の身は、自分で守るしかない」
だとか、考えたり、思ったりするはずがないやん!って、気がついたんです。


心理学やセラピーを、かじってきたわたしは、
小さい頃のインパクトのある記憶は、
なにかを決めた時だって、思い込んでいました。


が、体験したその時は、ただ音が聴こえ、ただ映像が観え、
そして驚いたり、泣いたりしただけ。


その時、そこにはなんの意味も無かったんです。


では、なぜそれら、過去のインパクトのある体験の記憶が、
トラウマのように、わたしたちの人生を混乱させる、
「プログラム」になってしまっていたのか????


そう、実は、小さい頃、体験したその時は、
なんの意味も無かった、ただの記憶に、


大人になるにつれ、「【無意識のうちに、意味をつけ、
勝手にプログラムを、作り上げていた】んだ!」って気づかされたんです。

そう、わたしのトラウマ的な記憶は、
後から、無意識のうちに意味を与えられ、作り上げられた、
【でっちあげの記憶】だったんです。

わたしたちは、でっちあげの記憶におどらされ、

また、でっちあげの記憶を癒したり、解消したりしなければ、

人生は好転しないと、でっちあげの記憶に振り回されてきたんだ!って、
気づかされたんですね。


これは、ホントにビックリした、気づきでした。

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